【短歌20首】素描 — 笹川諒

    素描      笹川諒

いつだって造語のようなすずしさで秋は来るのださびしくはない

薄い緑の少年、川魚の暮らし、ありふれた門、という夢のメモ

思うのは野の笛という言葉だけ  憑かれたように階段のぼる

鏡文字の柄のパジャマを着たいけど検索しても売ってなかった

牛乳とレモンタルトの日々と呼ぶ読書が妙に楽しい時期を

そして詩の中には光る犬がいてその前と後ろの二千年

空はいま無言を搾っているところ  あとにしよう音楽の話は

チェロの隣で眠った記憶  すぐ逃げる憂いは猫のようだと思う

茶葉占い、流行ってほしい。もう少し世界が絵の中になればいい

どの心臓も秋にはなぜかこわくなり風にポリエステルの質感

何も持たない  足元の草と同じだけ伸び縮みする時間と僕

乗ったのはバスだったのに降りるときはタクシー  少年が軽く吐く

野の笛の穴として窓を開くときはじまる笛の奥の暮らしが

箔押しのようにせつない馬と馬(こころの左端と右端で生きる)

ひどく疲れた日の夢だった  少年は翡翠かわせみになり皿にもなって

部屋の壁にブロンテ姉妹の絵葉書を貼っていたころ見た虹のこと

もう消えた記憶の成れの果てとしてセイタカアワダチソウ群れて咲く

夕暮れに何か大きな荷物ごと遠ざかりゆく僕に似たひと

ゆっくりと膨らんでゆくのがわかる  詩で詩を洗うための広さに

夢の野の少年せせら笑いつつ胸にはこの世の素描一枚

◇笹川諒(ささがわ りょう)
長崎県生まれ、京都府在住。「短歌人」所属。歌集『水の聖歌隊』(二〇二一年、書肆侃侃房)。

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