【異郷幻灯】06.モンゴル——大森静佳

異郷幻灯

旅先で訪れた町や、行ったことはないのになぜか心惹かれる場所、また、旅を詠った詩歌について……。
そんな、心の中にある「異郷」をテーマに、自由な切り口からエッセイを書いていただくリレーエッセイ企画、第六回は歌人の大森静佳さんです。

 「旅」というものに対してずっと、何となくよそよそしさを感じていた。
 実家で過ごした十八年間、一度も家族旅行をしたことがない、と言うとしばしば驚かれる。泊りがけの旅行どころか、家族で遊園地や映画に出かけたとか、そんな記憶さえない。両親は仕事で家を空けられなかったし、いや、一日くらいは出かけようと思えば出かけられたかもしれないけれど、父は、移動、行列、人混み、社交、会話、そのすべてを毛嫌いしていた。当時は、それが普通だと思っていたし、別に退屈ではなかった。私は地域の図書館に足繁く通ったり、弟たちと一緒に裏山を歩きまわったりするのに忙しかった。

 2016年8月、私は見知らぬ草原の丘のてっぺんに立っていた。青空と草のグリーンがどこまでも続くほかは、何にもない。しばらく洗っていないので脂っぽくなった髪の毛が、高い陽射しにじりじりと灼かれるのを感じた。

 モンゴルの首都ウランバートルから車で二時間、遊牧民のゲル(遊牧民が暮らす組み立て式の家)に、その夏私は四日間滞在させてもらった。長く憧れた国とはいえ、人生二度目の海外でいきなり、お風呂やトイレがなく言葉も通じない場所へ。言葉は、旅行会社から派遣された通訳のアリュカが助けてくれる。ウランバートルで日本語を勉強しているというアリュカは、私と一つしか歳が違わない。
 泊めてもらった家は、三世代が同居する大家族。初日は私も、薪割り、乳搾り、アーロールと呼ばれるチーズのお菓子作りなどを手伝ったのだけれど、どれも初めての作業なのであまりうまくいかない。

 二日目からは、ひたすら草原を散歩した。真夏のモンゴルは、21時を過ぎても太陽が沈まずあかるい。歩いても歩いても、全然日が暮れないのだ。最初は、草原いちめんに無数に落ちている牛馬の糞を踏まないように気をつけながら歩くのだが、だんだん気にならなくなってくる。夏とはいっても、昼間の気温はせいぜい15度くらいで、風も強いので少し肌寒い。アリュカと私は、ゲルに余っていた民族衣装のデールを貸してもらっていた。

 目眩がするほど広い夏空に、気が遠くなるような永遠の草原。歩きながら、ふと自分たちの影を見ると、高くて強烈な陽射しのためだろうか、日本で見る影よりもはるかにくっきりと濃い。あまりに影がきれいなので、ふと思いついて、影送りをやってみようよ、とアリュカを誘った。
 影送りとは、まばたきをせずに十秒ほど自分の影を見つめてから、ぱっと上空に目を移すと、影が白いシルエット(残像)になって上へ上へと昇っていくのが見える、という遊び。小学生のころ、国語の教科書に載っていた哀しい物語『ちいちゃんのかげおくり』で影送りを知った私は、登下校中にいろいろなポーズの影を空に送ったのだった。
 アリュカにやり方を伝え、二人で試してみると、思ったとおり見事にはっきりしたシルエットが空へと昇っていった。がらんと広いモンゴルの青空に、私たちの白い影がいくつも昇っていく。
 そうして何度も遊んでいるうちに、アリュカがふっと真剣な顔をして、もうやめようと言いだした。魂が抜けそうで怖いから、もうやめよう。こんなにもあかるい草原で、ふいに「魂」という言葉を投げかけられ、私は虚を衝かれた。つぐんでしまった唇の表面を、風が静かに撫でていった。

 草原の丘は、懐かしい匂いがした。獣くさくて青く澄んだその匂いは、かつて実家の裏山で嗅いだ匂いに、どこか似ていた。
 丘のてっぺんから降りてきて、私はいま大阪にいる。アリュカは、故郷を離れて広島に留学している。ゲルの子どもたちは、冬の間はウランバートルの寮にいる。父は、相変わらず旅を嫌い、家にこもっている。それぞれが、それぞれの魂と呼べる何かを、影のように曳き連れて。

◇大森静佳(おおもり しずか)
1989年、岡山県生まれ。2010年、大学在学中に第56回角川短歌賞を受賞。歌集に『てのひらを燃やす』『カミーユ』、評論集に『この世の息 歌人・河野裕子論』。「塔」編集委員。2018年より笹井宏之賞選考委員。

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