【異郷幻灯】05.新潟——ながや宏高

異郷幻灯

旅先で訪れた町や、行ったことはないのになぜか心惹かれる場所、また、旅を詠った詩歌について……。
そんな、心の中にある「異郷」をテーマに、自由な切り口からエッセイを書いていただくリレーエッセイ企画、第五回は歌人で、杉崎恒夫の調査・研究をされているながや宏高さんです。

 

数年前の冬の日のこと、私は東京駅前のバスターミナルで新潟駅行きの夜行バスを待っていた。
冷たい風が吹くバス停でマフラーを巻きなおしながら「新潟はもっとさむいんだろうな」とかあたりまえの想像を広げていたと思う。足元には小さなカートに引っ掛けたスキャナー機能付きのプリンターがバランス悪く立っていて、倒れないように手で支え続けた。
バスが到着し乗車券を確認してもらったあと、荷物をあずけて席に座る。出発と同時にカーテンの隙間から街灯の灯が一定のリズムで入ってくるのをぼんやり眺めた。「たくさん見つかるといいな」「迷惑にならないといいな」と、期待と不安がない交ぜになっていく。騒がしいこころを落ち着かせるように目をつむった。

この旅の目的は「杉﨑恒夫作品の調査」だ。2010年に刊行された第2歌集『パン屋のパンセ』を読んでからというもの、私はすっかり杉﨑作品のファンになり、第1歌集『食卓の音楽』も夢中になって読んだ。あとがきなどを読んで、実は歌集に収められていない歌が多くあること、主に『かばん』『礁』『新潟短歌』という3つの媒体で短歌を発表していたことが分かった。最初は歌集を読んでいるだけだったけれど、次第に「他の作品も読んでみたい」「せっかくなら全作品の既読率100%を達成したい」というファン心理……みたいなものが湧き出し、本格的に調査を開始することにした。調査対象は出版物に載っている作品とその周辺情報に限り、私信(手紙に詩歌が添えてある、みたいなことがあるとしても)などには触れない、と自分でルールも決めた。
まずは杉﨑さんが作品を発表した媒体のバックナンバーを片っ端から読んで収集していった。かばん会員の高柳蕗子さんからは『かばん』に収録された杉﨑作品のデータをいただくこともできて、時間はかかったけれどその時点でかなりの数が集まった。しかし、図書館や文学館には『新潟短歌』のバックナンバーが十分にそろっていなかった。歌が載っていることが明らかなのにそれを読むことができないのはとてももどかしい。あらゆる検索手段を用いたが全国どこの施設にも私が読みたい『新潟短歌』のバックナンバーは見つからなかった。そこで最後の手段、新潟短歌会の方に直接連絡をしてバックナンバーを閲覧させていただけないかお願いすることにしたのだ。おそるおそる電話をかけて要件をお伝えすると、快いお返事をいただけた。日程や行き先を確認していざ新潟へ、という訳である。

バスを降りると前日まで降っていたはずの雪はすっかり止んで、きれいな青空が広がっていた。そして運転手から荷物を受け取ってふと気づく。雪が積もった歩道でカートを引いて歩けるはずがない……。仕方なくリュックを前に背負い、プリンターはカートごとおんぶするみたいにして運んだ。このプリンターを使って資料をスキャンする予定なので、壊すわけにはいかない。

適当に時間をつぶしたあと市バスに乗って、目的地の新潟短歌発行所に到着すると新潟短歌会の鈴木まさ枝さんと鈴木隆さんが出迎えてくださった。電話で話した時と同じで、おだやかでとても親切なご夫婦だった。
発行所の一室に案内していただき、さっそくバックナンバー閲覧させていただいた。ページをめくるたびに杉﨑さんの新しい歌が見つかるので、まさに夢のような時間だ。

  アスファルトの破れ目に咲きしいぬふぐり心にしつつ日毎みて過ぐ 『新潟短歌』1970年5月

ああなんて良い歌なんだろう、日常の中で偶然生まれた〈私〉だけの密やかな習慣、これは……! なんて読みふけっている時間はない。ぐっとこらえてひたすら手を動かした。「杉」「﨑」「恒」「夫」の4つの字に注意しながら、目を皿のようにして探した。詠草だけでなく評、歌会記、編集後記にも何か書いてあるかもしれないのでしっかりチェックしなければならない。発見次第プリンターでスキャンしてノートPCに取り込んでいった。

途中、昼ご飯を食べるためにコンビニにでも行こうと思ったら、まさ枝さんがお寿司を用意してくださったのでごちそうになった。調査への協力だけでなく、お寿司までいただいて、本当に感謝ばかりだ。

資料の確認が終わったころ、辺りはすっかり暗くなっていて、よく見ると雪ではなく雨が降っていた。帰りはわざわざ車で駅まで送っていただき、お二人には最後までお世話になりっぱなしだった。
私が行っている調査の根本にあるのは個人的で身勝手な「杉﨑さんの作品が好き」という気持ちであって、他人がこの気持ちに応えなければならない義務も義理もありはしない。だからもし資料を見せてもらえなかったとしてもそれは仕方のないことだと考えていたので、この日のことは本当にありがたかった。資料が集まっただけでもうれしいのにそれ以上のなにか、もっと大きなものを受け取ったような気持ちで、私は帰りのバスに乗り込んだ。

◇ながや宏高(ながや ひろたか)
かばん会員。杉﨑恒夫作品の調査、研究を行っている。

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