【短歌50首】月とコロッケ — 谷川由里子

    月とコロッケ      谷川由里子

夢の書庫  天にむかって髪を結う才能はもうあなたを書庫に

屏風にはアイススケートリンクと蔦を  「蔦の人工氷図屏風」

むきだしのユリのめしべも花束もスターもスターのプロマイドも

あんな上で固まっている風見鶏〈ラッキー〉風が止まってみえる

一枚の窓を隔てて乾ききる洗濯物は秋のオブジェよ

コロッケを食べそびれたり、頬骨に枕のあとをつけるも、土曜

虹色の字幕は読みにくいけれど、じぶんでつくる両腕まくら

昼食の野菜スープに豆乳とチーズを入れて夕食にする

それだけじゃおなかが減って寒天と丸い葡萄を4つ食べてる

十月に冷房で寝る  内田さんは五月にもまだストーヴだった

開かない本のようだな濃緑の四角い爪が十本動く

2分だけスクワットして、5分だけダンベルをした。ダンベルもした。

月一で十年かけて慣れてくるぴょんぴょん跳ねる小さい蜘蛛に

寅さんに腹がたつのに終わりには必ず強く拍手している

四十八作目のあとは自然に第一作の寅さんをみる

目と口があると買えない折り畳み傘は季節の変わり目に買う

時々動かなくなるレコードプレーヤーは静かにしていても格好いい

白湯をのむ泣かず飛ばずの寒すずめ減ったら焼酎を入れてのむ

おやつにコロッケ  ソースなしで食べる甘いおやつコロッケ五つ入り

江の島に行くならば秋から海にかけて、冬にかけて、  夕まぐれ

角材の上に座って海をみる海はどこにもあるらしいから

コンビニの駐車場にはそれぞれの月が出ている見ながら食べた

焼き芋を売るひとがいるロボットの動きのように進化しましょう

この部屋はひかりがいつも朗らかで、風もいきおい  東京生まれ

おっとりとほっぺたにキス  心から眉毛をもっと太くかくのよ

限りなく、少なく生きる  人工の風もようこそ  風も、ようこそ

生まれながらのひどい怖がり  冬の夜  拍車がかかる羊のひづめ

体だけ寝ているときに頭から仕上がる歌は軒並み名歌

お布団に入ると雨が強くなる道路に当たるたび硬くなる

8時には干せたのにまだ湿ってるパーカーのフード  冬のどの日も

コロッケは思ったよりも小さくて平たいほうが表面と月

一年がどんどん遅くなっていくから寅さんをみていたのかな

がらんどう  鍵は茶筒に、大茶箱にはハロウィンの仮装一式

バスで30分の国道を歩いて帰るのは正しかったね

会いたいな、風で布団がもちあがるがんばれもっとおしゃべりしたい

この色がいいとおもって買ったけど経年変化でもっとよくなる

レコードをかける  レコードをきいていた日のわたしとレコードを聴く

くらげには月を重ねて遠近の貌が昏くて宇宙のようね

滅ぼそうと掲げるひとがいないので滅ぼされない間延びした歌

ベッドの上に並ぶ枕は生き生きとソファに転べばクッションに成る

カーテンの裾を畳んでまつり縫いしたのは昔々のわたし

飲みかけのボトルと未開封のボトルと空っぽのボトルが並ぶ

夜もすがらきみは平和で大好きな相手に国籍をあげたって?

和ハッカの香りがしたのスケボーの小さいタイヤを目で追ってたら

テレビを消して雲龍型と不知火型を順番にみせてくれました

床に直に座っているとふくらはぎふくらはぎの裏から冷えてくる

相槌の代わりに保存してくれる買ってよかったノートパソコン

毛むくじゃらの羊みたいにふくらんだセーターを来年も着るだろう

息があるなら吹けるからハーモニカ  近所のジョアを見下ろしながら

なんとなく火の用心の拍子木を追い抜かさないようにゆっくり

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