八月十一日(水) 椛沢知世
薄い空に蟬声は抜け白鳥のボートを見つつ飲むヨーグルト
電動のろくろ回しの上にいるよう毛づくろいの鴨に水の輪
行く方を迷えば耳に垂れてくるリボン 枝先に結ばれている
紫陽花の一つがまだ青い色してて水の入った瓶を吹きたい
何を見ても背後で蟬が鳴いていて石をはがしたら虫がいる
西へ行くはずが南西 ヒグラシの鳴き声が幹と幹引き寄せて
立ちあがり振り返り見る靴ひもを結んでいると横切った犬
ヒグラシの声残る耳ひっぱって迷わず入ってくる町明かり
◇椛沢知世(かばさわ ともよ)
@moinmoin622
塔短歌会所属。
出社した帰りに電車で吉祥寺へ向かう。少し疲れていて、これでいいのかな、今日でいいのかな、と思う。スマートフォンを取り出し、かけている曲を飛ばす。東京の今日の感染者数はまだ出ていない。地上へと電車が出て、直通の総武線に変わった。公園のかたちを何となく思い浮かべられるわたしは、だから実際に来なくてもいいような気がしていて、その傲慢も不安も正しさも、今はよくわからなくて、手放せない。
十七時半、吉祥寺駅着。職場の辺りはお盆で人通りが減っていたけれど、ここは階段を下りる頭と頭の距離が近い。改札を出て風が吹く方へ、短い下りエスカレーターに二つ乗る。公園から駅へ向かう人たちとすれ違う。つきあたりの階段を下ると、ミンミンゼミとアブラゼミの声が重なって広がる。木々のあいだを抜けていくと、ツクツクボウシも鳴いている。