(執筆者:川野芽生)
花びらをあなたの胸へむけて射つ自動拳銃かなにか春のまぼろし 杉原一司
花びらを弾の代わりに撃てば、血の代わりに紅の花びらがあなたの胸に散る。銃弾を込めたそのとき、死までもが約束された結末として銃に装填されていたかのような。祝福のような憎悪のような、絢爛たる画に、〈自動拳銃〉という小道具が、〈コルト〉というルビも心憎く、洒脱な味わいを添える。と思うや、〈かなにか〉とさらりとかわされ、この画は固定されることなく、見る間に〈まぼろし〉へと霞んでいく。つまり自動拳銃は花の降りしきる春の比喩なのだけれど、それをおぼろな〈春のまぼろし〉に還元してしまうのではなく、想像の視野にうつつと見紛うほどさやかに焼き付ける方法もあったはずだ。しかしこの歌では、〈かなにか〉という話しことばの、ざっくばらんを装ったニヒルな格好良さが優先され、幻影は後景へ退く。実は〈かなにか〉より前、〈コルト〉とルビを振られた〈自動拳銃〉の時点で、詩人のフェティシズムは画よりも詞ことばの方へと逸れていたのである。いな、それ以前から、〈花びら〉〈あなた〉というひらかれたa音が、〈胸〉〈向けて〉、そして〈射つ〉のu音へとすぼまり、弾丸のように押し出されるその流れの中に、すでに詞へのフェティシズムは底流していたのではなかったか。一切は詞が見せたまぼろしだったのだと思い当たり、凡庸とも思える結句を前にして、自動拳銃コルトを虚空に消し去る手品師の手のごとき〈かなにか〉の四字をわたしたちは呆然と思い返す。
◇川野芽生(かわの めぐみ)
第29回歌壇賞受賞。小説作品に『Genesis 白昼夢通信』所収「白昼夢通信」。『現代短歌』誌上にて「幻象録」連載。夏頃歌集刊行予定。