【杉原一司一首評/髙良真実】雲などはしやくとり虫のやうに浮き地平にとどく脊髄の翳

杉原一司歌集刊行記念

(執筆者:髙良真実)

雲などはしやくとり虫のやうに浮き地平にとどく脊髄の翳 杉原一司

 連作「内部について」の二首目である。『杉原一司 メトード歌文集』(杉原一司歌集刊行会, 2020) p10より引用した。発表されたテクストそれ自体が、文化的遺伝子(ミーム)として読まれたいという利己的な欲望を持っているとするならば、そこから一首だけ様々な情報を削ぎ落して評をする行為は不誠実だと思う。その上でより誠実であろうとするならば、歌において試みられている技法を、せめて丹念に解剖することが、一つの解になるのではないだろうか。

 引用歌は三点の転換をもつ。第一に雲を「しやくとり虫」に喩えるイメージの転換。第二に上の句と下の句における天と地の対比、即ち視点の転換。第三に人間の背骨の内部にある脊髄を主体が知覚すること、即ち内部外部の転換である。この歌を含む連作において作中主体は透視的な知覚を行っており、それが脊髄という語の斡旋に繋がったことは想像に難くない。

 これら三点の転換は、韻律に補強されて一つの複合的な比喩を形成している。尺取虫の形は背骨の湾曲に、天地の対比は脊髄の長さに、内部外部の転換は太陽及び雲の浮かぶ対流圏と地上を外側から眺めることに、また尺取虫の動き方は反射を司る脊髄の機能に、それぞれ対応する。

 様々なベクトルをもつ視線を織り込むことによって、この歌は、一首の短歌の中で主体が知覚できる範囲を、どこまでも拡張しようと試みているのではないだろうか。あくまで抒情を排した比喩の連続は、作者の方法論への拘泥を垣間見させるものである。

◇ 髙良真実 (たから まみ)
1997年生。早稲田短歌会及び同人誌『滸』所属。
佐々木泰樹育英会2019年度及び2020年度口語詩句奨学生。

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