【異郷幻灯】01. トルコ——石原ユキオ

異郷幻灯

旅先で訪れた町や、行ったことはないのになぜか心惹かれる場所、また、旅を詠った詩歌について……。
そんな、心の中にある「異郷」をテーマに、自由な切り口からエッセイを書いていただくリレーエッセイ企画です。
第一回は俳人の石原ユキオさん(
@yukioi)。今年訪れたトルコという「異郷」について。

トルコのトイレの話を聞いてください。

イスタンブールの宿のトイレはシャワー付きでした。といっても日本のウォシュレットと違い、あれこれと調整するボタンはありません。いわゆる「手動ウォシュレット」。
これは体験してみなければなるまい、と壁際のハンドルをひねる。と同時に、便器の中の噴出口からブシャーッと水が出る。うああああ! 勢いよくひねってしまったために便器の外まで水が飛び散って服がずぶ濡れ……いまからスルタンアフメットモスクに行こうと思っていたのに……。
操作できるのは水量だけで、角度を変えることはできない。そして何ヶ所かでトイレを使ううちに分かってきたのですが、個々の便器に個性がある。水圧が非常に強いもの、水が右か左にずれるもの、噴出口の角度が水平に近く便器の外に水が飛び出しやすいものなど。泊まったホテルのトイレは水圧強め、角度は水平気味で初心者には難易度の高いトイレでした。
水の当たる場所を変えたいときはどうするかというと、軽く腰を浮かして自ら動くしかありません。積極的に尻の方から水を迎えに行く。ベストポジションを求めて尻を動かす。トルコは尻の自立心が試される場所です。

トイレに関して渡航前に恐れていたのが「お尻を拭いた紙を流してはいけない場合がある」ということ。場所によっては下水管が細いので紙は便器に流さず屑籠に捨てなければならない、と。
流していいかいけないかを見極めるポイントは置いてある屑籠の大きさで、大きな屑籠があるならばそこは流してはいけないトイレ。当方、人生のかなり長い時間を野性味溢れる汲取式トイレと共に過ごしてきたため、屑籠の臭いに関しては心配していなかったのですが、夜中にトイレに行って寝ぼけてうっかり紙を流しトイレを詰まらせてしまったら最高に恥ずかしい。スマートフォンの翻訳アプリに「トイレが詰まりました」と表示してフロントのスタッフに見せるところを想像するだけで血の気が引きます。
幸いイスタンブールと首都アンカラで訪れたホテルや商業ビルはすべて流していいタイプのトイレだったのですが、カッパドキアのゲストハウスには大きなステンレス製の蓋つき屑籠が置かれており「紙は流さず屑籠に捨ててください」という注意書きがトルコ語と英語で書かれていました。
きた! 『地球の歩き方』で読んだやつだ! はりきっていつも以上に入念に(尻を動かしながら)シャワーで洗って拭き、その紙を屑籠に捨てました。ふふ。オネムリディール(ノープロブレム)。築ン十年の日本家屋のぼっとん便所と比べたら快適よ。

ちなみに、旅行中一度も遭遇することはなかったものの『地球の歩き方』には「トルコ式トイレ」というしゃがむタイプのトイレも写真入りで紹介されています。和式とトルコ式と何が違うかというとトルコ式は足を置く部分がぎざぎざの波状になっていて、金隠しがない。個室内に蛇口があり、床に手桶が置かれています。手桶に水を汲んでお尻を洗うのだそうです。手動ウォシュレットにしろ手桶にしろお尻を洗う設備が必ず用意されているのはトルコの人口の99%がイスラム教徒だから。イスラム教の教えにより、用を足した後は必ず水で洗わなければならないようです。

ところで、トルコの洋式トイレは日本のものに比べると便座がやや高い。身長156センチのわたしが腰を下ろすと踵が地面につきません。床からすこし浮いた足をぱたぱた動かしてみると、子供に戻ったようでちょっと楽しかったです。

カッパドキアの観光用ラクダ(トルコは砂漠じゃないし元々ラクダには乗る習慣はないとのこと。鳥取砂丘のようですね。)

◆石原ユキオ
憑依系俳人。現在俳句投稿欄投稿者に憑依されているため「小説野性時代」にせっせと俳句を送っている。好きなトルコ料理はメルジメッキ・チョルバス(レンズ豆のスープ)。

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